境界のRINNE 第203話 赤いソーメン

今回は、久しぶりの登場の恋する巫女・榊あやめさんでしたが・・・・(^^)

それにしてもまた凄いいでたちでやって来たものです。(^^)


境界のRINNE 第203話 赤いソーメン 高橋留美子 週間少年サンデー
境界のRINNE 第203話 赤いソーメン 高橋留美子 週間少年サンデー

これを見たりんね君は、「なんだ? その 大荷物は。」と言っていましたが・・・・

普通この姿を見て、そんな簡単なリアクションですむはずがありません。(^^)

本来ならばこの姿を見れば、それ相応の「リアクション」や「突っ込み」が発生するはずなのに、というか、そういうのを発生させるために、こんな格好をさせるのがギャグ漫画の常道だと思うのですが・・・・(^^)

考えても見て下さい。ワンピースにサンダルを履いた、十六・七の女子高生が、流しソーメンセットを背負ってやって来るのです。しかも、右手には大量の手延べそうめんを持って・・・・・

絶対にありえません。(^^)

しかも、竹を入れているザックは、キスリングザックです。
一体このザックをどこから持ってきたのでしょう。(^^)

断言しますが、今時、キスリングザックを背負っているのは、物好きの変人か、伝統校の山岳部の新入部員だけです。

ちなみにキスリングザックとは次のようなものです。

キスリングザック1

キスリングザック2

背中にウレタンなどが入っていないので、荷物を詰めるのがとても難しいんです。
裏技として、ベニヤ板を背中の部分に当てるというのがあるのですが・・・・
その道のプロからすると、そんなのは邪道と見なされることがあるようです。(^^)



それにしても、あやめさんもあやめさんです。妙にその姿が馴染んでいて、違和感ないのです。(^^)

境界のRINNE 第203話 赤いソーメン 高橋留美子 週間少年サンデー
境界のRINNE 第203話 赤いソーメン 高橋留美子 週間少年サンデー

参照:らんま/考 唐草模様の風呂敷

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境界のRINNE 第202話 ナスロマン

今回、ナスロマンというタイトルだったのですが・・・・

なにか聞いたことがあるような題名だな? と思って検索したところ、


やっぱりありました。(^^)



ナスロマン




ナスロマンだけでは、あまりにもひどすぎるだろうと、見かねたようで・・・

甥が、キュウリとナスの写真をくれました。(^^)

お盆 馬と牛

2013.8.20.追加




ナス男さんは、とっても素敵な男(ひと)でしたね。(^^)
以前、このブログでも紹介しましたが、伊勢物語の在五中将のようですね。

伊勢物語 六十三 九十九髪 (つくもがみ)

 昔、素敵な男と恋がしたいと願う老婆がいました。彼女には三人の息子がいたのですが、まさかそんなことを直接言うことはできないので、夢を見たということにして作り話をしました。

 その話を聞いて、兄二人はそっけなく聞き流しましたが、末の弟は、「そういう夢ならば、きっとよい殿御が現れることでしょう」と夢解きをしてやりました。そして、風流の分かる在五中将に逢わせてやりたいものだと思いました。

 そこで、在五中将が狩をしているところに行き、馬の口をとり、「実はこういうことがあるのです」と事情を話すと、中将は心を動かされ、家にやって来て一夜を過ごしました。

 その後、中将が来ないものだから、老婆は彼の家へと行き、物の隙間からのぞき見をすると、中将はぼんやりと女がいるのを見て、

 百年(ももとせ)に一年(ひととせ)たらぬつくも髪われを恋ふらしおもかげに見ゆ
 (ずいぶんと年をとったお婆さんが、私を恋しく思っているらしい、その姿が幻となって見える)

と詠んで、彼女の家に出かけることにしました。

伊勢物語 九十九髪


老婆はイバラやカラタチにひっかかりながらも、あわてて家に帰って横になっていました。中将は先ほど老婆がしたように、こっそりと立って見ていると、老婆は嘆きながら寝ようとして、

 さむしろに衣かたしき今宵もや恋しき人にあはでのみ寝む
 (ムシロの上に衣の袖を片敷いて、今宵も恋しい人に逢えずに独りで寝るのでしょうか)

と詠んだのを聞いて、中将は気の毒に思って、その夜は泊まり共寝をした。



註:
在五中将:在原業平(ありわらのなりひら) 9世紀

「夢に恋する人が現れるのは、相手が自分のことを思っているからだ。」というような考え方については、らんま/考 九能帯刀の正夢を参考。


参照:りんね/考 第16話 ようこそ地獄へ! 九十九神

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境界のRINNE 第201話 虫魂採集

夏休み緊急指令! ということで、りんね君は、死神の鎌を虫とり網に持ち替えて伝説の虫魂(ちゅうこん)採集をすることになったのですが・・・・・

なぜ、虫魂(ちゅうこん)なんでしょうか?(^^)

普通は、魂虫(こんちゅう)としますよね。

虫魂と言って真っ先に思い浮かぶのは、やっぱり、忠魂碑でしょうか。
地区の中心的な神社や旧跡などには、必ずと言って、立派な忠魂碑があるものです。

忠魂碑

忠魂碑は、戦争で亡くなった人を慰霊する石碑です。




最後は、伝説のオオクワガタは、「虫魂吸引虫カゴ」によって小型化されてしまい、
ペットショップでの評価額は500円になってしまったのですが・・・・

オオクワガタがコクワガタになってしまったという感じでしょうかね。(^^)

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境界のRINNE 第200話 別荘の悪霊 [美保の松原 羽衣伝説]

境界のRINNE 第200話 別荘の悪霊 高橋留美子 週刊少年サンデー
境界のRINNE 第200話 別荘の悪霊 高橋留美子 週刊少年サンデー

これは、樹齢二百年の木の精霊が想像した海辺の様子ですが・・・・

翼君は、「当らずとも遠からずだが・・・・」と言っていました。(^^)

木の精霊はきっと、羽衣伝説を聞いていたのでしょうね。
羽衣伝説とは何かというと・・・・

うる星やつら 11-11 忘年会じゃあ! 高橋留美子 小学館
うる星やつら 11-11 忘年会じゃあ! 高橋留美子 小学館

天女が水浴びをしているのを若者が発見して、天女の羽衣を家に持ち帰り隠匿しようとします。しかし実はその羽衣は、白井コースケの「ふ×ど×」だったという話ですね。(^^)


ちなみに、映画 ビューティフルドリーマーは、この話が元になっているのだと思います。いや、別に白井コースケの「ふ×ど×」が元になっているわけではないでしょうけどね。(^^)

羽衣伝説ということで、今回世界遺産に登録された、静岡県の「美保の松原」の写真です。

美保の松原
神の道 

美保の松原
海岸の松林 

美保の松原
二代目羽衣の松 ほとんど枯れてしまっていたのですが、今月3日に伐採されたそうですね。

美保の松原
羽車神社 羽衣の松のすぐ近くにあります。

美保の松原
神社の周りには、願い事が書かれた石がたくさん置かれていました。
サッカーの本場だけあって、サッカー選手になりたいという願いがかなりありました。(^^)

美保の松原

 謡曲「羽衣」と美保ノ松原

 地上に舞い降りた天女が浜辺の松に懸け忘れた羽衣を漁夫白龍に拾われ、それを返してもらうために天人の舞を舞うという「羽衣」伝説は日本各地にありますが、駿河国美保ノ松原を舞台としたのが本曲です。そのときの舞が後世に伝わって東遊(あづまあそび)の駿河舞となったと言われております。

 謡曲では、天女は漁夫から羽衣を返してもらい、愛鷹山(あしたかやま)や霊峰富士山を見おろし乍ら昇天してゆきます。そのさまは一幅の絵のようで、多くの人々に愛好されてきました。
  
       謡曲史跡保存会

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境界のRINNE 第200話 別荘の悪霊 [逆柱(さかばしら)] part2

前からの続きです。
井原西鶴の織留に出てくる、逆柱(さかばしら)についての 瀧田貞治 (たきたていじ) の論文を見てみたいと思います。

まず、原文はどうなっているか見てみます。


織留 巻四ノ一 家主殿の鼻ばしら 井原西鶴

・・・・爰をも又かへて六角堂の前に住けるに、此家むかしから逆(さか)ばしらのわざといひて。夜/\虹梁(かうりやう)の崩るゝごとく、寝耳にひゞきて魂ゐをうしなひければ、爰にも又居かねて、千本通りに越て・・・・



註: 虹梁(かうりやう)は、「こうりやう」の誤り。反りのある化粧梁のこと。
虹梁は、「虹梁鼻」 上に反り返った鼻を指す熟語をつくる。
もともとこの夫婦は大家の女房の鼻が天狗のようだと言ったのが聞きとがめられ、家を転々することになった。虹梁は大家の女房の天狗の鼻をも暗示するものか。


西鶴雑俎 瀧田貞治 (たきたていじ)

   三、「織留」の逆絵


 「織留」の巻四ノ一、「家主殿の鼻ばしら」の三丁より四丁に通じて挿画がある。右側半丁は座敷のうちの親爺が外を見つめて刀の柄に手をかけ、後方の女房は立膝で両手を挙げ、何物かを抛つた姿、女房の前方には一人の嬶が畳の上にうつむいて泣き、前方の庭に少年が抛げ付けられてゐる。女房の抛げたものがその少年であると解すべきであらう。左側半丁の絵は、井戸ばたに立つ手桶を提げた女で、この絵全体は逆様に描かれてゐる。女の髪は逆立ち、手桶の水は為めに澪れてゐる。

 この絵を「日本文学大辞典」は逆絵と称して、同書織留の解説中に掲げてゐる。不明なのはこの解釈である。本文と如何なるかかはりがあるのであらうか。物語の筋は大体次ぎの如きものである。

女の口の過ぎる程困つた事はない。折角人にも見知られ扇商売も繁昌して来たのに、茶呑み話しに嬶がつい口を辷らして、大家の女房の鼻が愛宕山の天狗のやうだ、といつたのが聞えて、大家から追ひ出しを喰はされる。扇屋の男は、住み馴れた所を立ちのくのは身代の没落と悲しむが、止むなく転宅する。それから五條醒井町(きめがゐちやう)へ変れば南隣に気狂女がゐる、六角堂の前に行けばその家は逆柱の祟りがある、物静かな千本通は縁起でもない野墓のけぶりが通る、かくして転々つひにこの夫婦は暮しも立たず喧嘩別れをしてしまふ。


織留 井原西鶴 逆さ絵
「織留」巻き四の逆絵 (初版) [クリックすると大きな絵が出ます]
[この絵は服部が見やすいものと差し替えました]

といふのである。これによれば、解釈の付かないのは左側の絵ばかりでなく、右側も同様である。第一本文に合はない。大家の女房と扇屋のいさかひか、扇屋夫婦の喧嘩には女房が一人多い、親爺の刀の柄に手を懸けたるは何事ぞ、或は気狂女の一件か、それよりも左右の絵が余りに継ぎはぎであるとさへ思はれる。然し右方は、一先づ、大家の女房と店子扇屋との喧嘩と見て置くのがよからう。そして問題の逆絵に行かう。

 この挿絵に就いて「近世文芸 名著標本集」は、不思議なる挿絵とし、解釈の一説に、庭に投げらてゐる者の目に映じた絵だと云う人あり、としてゐる。果して然りや。

 私はこれを、転宅先にあつた、逆柱の怪を、画家が想像して描いたものと見る。逆立つ髪の手桶の水の自然に澪れてゐるのは、先づ、投げ付けられた者の錯覚として妥当を欠く所である。畢竟この挿画に心理的ならざる、外界の物怪(もののけ)を認めない訳にはゆかなくなる。つまり、私は、画家当人が、逆柱に就いて十分な考証なしに筆を執つた為め、逆柱の怪を表現する安易な一手段として、井桁や人物を逆しまに描いてしまつたのであらう、と思ふのである。

 念の為め私は、猶一通り逆柱の祟りに就いて調査して見た。事は、「南畝莠言」「閑田次筆」「俚言集覧」「嬉遊笑覧」「倭訓栞」等に見えてゐるが、その祟りの種類は、病者を出すといふのと、深夜鳴動の二つであつて、この挿画に相当するやうな祟りの種類は文献にも見えてゐないやうである。結局右の如き解釈をするのが妥当かと思はれる。

織留 井原西鶴 逆さ絵
「織留」巻き四の逆絵 (後版) [左側の逆さの女が削られている] [クリックすると大きな絵が出ます]

 この挿画に、逆しまの女が削られてゐるものがある。元禄七年江戸萬屋、大坂雁金屋、京上村合板のものはこの女を存し、正徳二年岩国屋、大塚屋、油屋合板のものには女のみが削られてゐる。これを板木の磨滅と解してゐる人もあるが、板木は全然といつてもいい位磨滅の跡を見せてゐない。私は後版の書肆が(或は逆柱に関して論をなし)、女の存在の寧ろ不必要なるべきに一決し、特に板木から削り去つたものであらうと考へてゐる。


僕は、「解釈の一説に、庭に投げらてゐる者の目に映じた絵だと云う人あり」に一票入れたいと思います。(^^)

最後に、小泉八雲の 「化け物の歌」の「サカサバシラ」を見てみたいと思います。

これは、小泉八雲が古本屋で見つけた、「狂歌百物語」という本から抜粋したもので
編者は、工匠甚五郎 (たくみじんごろう) 雅号:天明老人 文久元年(1861)歿

後にこれに、小泉八雲自身の挿絵をつけて、「妖魔詩話」というタイトルの本が出ています。

小泉八雲 化け物の歌 (GOBLIN POETRY)
訳:戸川明三 大谷正信 田部隆次

十 サカサバシラ

 サカサバシラといふ(次記の狂歌では屡々サカバシラと約めてある)言葉は文字通りでは『逆さな柱(upside-down post)』を意味する。木の柱は、殊に家の柱は、それを伐つた木の元の位置にして----言ひ換へれば、根に近い方を下にして----建てなければならぬのである。家の柱を逆さに立てることは不吉だと考へられて居る。----古昔はそんな失錯は、「逆さ(upside-down)」柱は有害な事をしようとするものであるから、妖異な不快な結果を惹起すものと信じられて居た。夜は唸つたり呻いたりし、その裂け目凡てを口のやうに動かし、その節瘤凡てを眼のやうに開く。その上、その魂は[家の柱は悉く魂を有つて居るから(for every house-post has a spirit)]その木材から、その長い躯を外づして、頭を下にし、顰め面で人を見ながら部屋部屋をうろつきあるく。それだけでは無かつた。サカサバシラは家中の事の凡てを狂はせることを----家庭の争ひを醸すことを----家の人や召使に不幸をたくらむことを----大工の過失を見付けて直す時までは生きて行くことが殆んど堪へられないやうにすることを----知つて居たのである。

   さかばしら建てしは誰ぞや心にも
          ふしある人のしわざなるらん

   飛騨山を伐りて来て建てしさかばしら
          何の工みのしわざなるらん

[タクミといふ語は、仮名で書くと、「大工(carpenter)」といふ意味になり、また「陰謀(intrigue)」、「悪るい策略(evil plot)」、「悪いたくらみ(wicked device)」といふ意味にもなる。だから、二通りに読むことが出来る。一つの読み方では、柱はうつかり不注意で逆さに建つたといふこと、もう一つの読み方では、悪意があつてさう建てたといふことである]


   うえしたをちがへて建てし柱には
        さかさま事のうれへあらなん

[サカサマゴトノウレヘは文字通りでは「逆さま事の憂(upside-down-matter-sorrow)」。サカサマゴト即ち「逆様事(up-side-down affair)」といふ言葉は不幸(calamity)、矛盾(contrariety)、災難(adversity)、当惑(vexation)を意味して普通に使ふ言葉である]

   壁に耳ありて聞けとかさかしまに
        建てし柱にやなりする音

[カベニミミアリ「壁に耳あり(There are ears in the wall)」といふ諺を仄めかして居る。その諺は「他人の事を、内緒にでも、言ふ時言ひ方に気を付けよ(Be careful how you talk about other people, even in private.)」といふ意味]

   売り家のあるじを訪へば音ありて
        われめが口をあくさかばしら

[四句目には、自由訳にしても言ひ現せないことを暗示する洒落がある。ワレは場合次第で、「我れ(I,)」或は「我の(mine)」或は「その有つて居る(one's own,)」を意味するから、ワレ、メ と特別に書くと 「そのものの眼(its own eyes.)」ともなる。しかしワレメ一語は裂け目(crack)、割れ目(rent)、或は亀裂(split, fissure)を意味する。サカバシラは「逆柱(upside-down post)」を意味する計りで無く、その上「逆柱の化け物(the goblin or spectre of the upside-down post)」をも意味することを想起しなければならぬ]

   思ひきやさかさばしらの柱掛
       書きにし歌もやまひありとは

[「書札に書いてある歌さへ逆様である」----間違っている、といふのである。ハシラカケ「柱に吊るすもの(pillar-suspended thing)」とは美しい材木の薄板で字が書いてあるか、絵が描いてあるかして、装飾の為め柱に吊るすものをいふ]



註:( )内の英単語は、原文から服部が添付。


GOBLIN POETRY  Lafcadio Hearn

Recently, while groping about an old book shop, I found a collection
of Goblin Poetry in three volumes, containing many pictures of
goblins. The title of the collection is _Ky[=o]ka Hyaku-Monogatari_,
or "The Mad Poetry of the _Hyaku-Monogatari_." The _Hyaku-Monogatari_,
or "Hundred Tales," is a famous book of ghost stories. On the subject
of each of the stories, poems were composed at different times
by various persons,--poems of the sort called _Ky[=o]ka_, or Mad
Poetry,--and these were collected and edited to form the three volumes
of which I became the fortunate possessor. The collecting was done by
a certain Takumi Jingor[=o], who wrote under the literary pseudonym
"Temm['e]r R['e][=o]jin" (Ancient of the Temm['e]r Era). Takumi died
in the first year of Bunky[=u] (1861), at the good age of eighty;
and his collection seems to have been published in the sixth year
of Ka['e][:i] (1853). The pictures were made by an artist called
Masazumi, who worked under the pseudonym "Ry[=o]sai Kanjin."

From a prefatory note it appears that Takumi Jingor[=o] published
his collection with the hope of reviving interest in a once popular
kind of poetry which had fallen into neglect before the middle of
the century. The word _ky[=o]ka_ is written with a Chinese character
signifying "insane" or "crazy;" and it means a particular and
extraordinary variety of comic poetry. The form is that of the classic
_tanka_ of thirty-one syllables (arranged 57577);--but the subjects
are always the extreme reverse of classical; and the artistic effects
depend upon methods of verbal jugglery which cannot be explained
without the help of numerous examples. The collection published by
Takumi includes a good deal of matter in which a Western reader can
discover no merit; but the best of it has a distinctly grotesque
quality that reminds one of Hood's weird cleverness in playing with
grim subjects. This quality, and the peculiar Japanese method of
mingling the playful with the terrific, can be suggested and explained
only by reproducing in Romaji the texts of various _ky[=o]ka_, with
translations and notes.

The selection which I have made should prove interesting, not merely
because it will introduce the reader to a class of Japanese poetry
about which little or nothing has yet been written in English, but
much more because it will afford some glimpses of a supernatural world
which still remains for the most part unexplored. Without knowledge
of Far Eastern superstitions and folk-tales, no real understanding of
Japanese fiction or drama or poetry will ever become possible.

---------

X. SAKASA-BASHIRA

The term _Sakasa-bashira_ (in these _ky[=o]ka_ often shortened into
_saka-bashira_) literally means "upside-down post." A wooden post or
pillar, especially a house-post, should be set up according to the
original position of the tree from which it was hewn,--that is to say,
with the part nearest to the roots downward. To erect a house-post in
the contrary way is thought to be unlucky;--formerly such a blunder
was believed to involve unpleasant consequences of a ghostly kind,
because an "upside-down" pillar would do malignant things. It would
moan and groan in the night, and move all its cracks like mouths, and
open all its knots like eyes. Moreover, the spirit of it (for every
house-post has a spirit) would detach its long body from the timber,
and wander about the rooms, head-downwards, making faces at people.
Nor was this all. A _Sakasa-bashira_ knew how to make all the affairs
of a household go wrong,--how to foment domestic quarrels,--how to
contrive misfortune for each of the family and the servants,--how
to render existence almost insupportable until such time as the
carpenter's blunder should be discovered and remedied.

Saka-bashira
Tat['e]shi wa tazo ya?
Kokoro ni mo
Fushi aru hito no
Shiwaza naruran.

[_Who set the house-pillar upside-down? Surely that must have
been the work of a man with a knot in his heart._]

Hidayama we
Kiri-kit['e] tat['e]shi
Saka-bashira--
Nanno takumi[51] no
Shiwaza naruran?

[_That house-pillar hewn in the mountains of Hida, and thence
brought here and erected upside-down--what carpenter's work
can it be? (or, "for what evil design can this deed have been
done?")_]

[Footnote 51: The word _takumi_, as written in _kana_, may signify
either "carpenter" or "intrigue," "evil plot," "wicked device." Thus
two readings are possible. According to one reading, the post was
fixed upside-down through inadvertence; according to the other, it was
so fixed with malice prepense.]

U[:e] shita wo
Chiga[:e]t['e] tat['e]shi
Hashira ni wa
Sakasama-goto no
Ur['e][:i] aranan.

[_As for that house-pillar mistakenly planted upside-down, it
will certainly cause adversity and sorrow._[52]]

[Footnote 52: Lit., "upside-down-matter-sorrow." _Sakasama-goto_,
"up-side-down affair," is a common expression for calamity,
contrariety, adversity, vexation.]

Kab['e] ni mimi
Arit['e], kik['e] to ka?
Sakashima ni
Tateshi hashira ni
Yanari suru oto!

[_O Ears that be in the wall![53] listen, will ye? to the
groaning and the creaking of the house-post that was planted
upside-down!_]

[Footnote 53: Alluding to the proverb, _Kab['e] ni mimi ari_ ("There
are ears in the wall"), which signifies: "Be careful how you talk
about other people, even in private."]

Uri-iy['e] no
Aruji we to[:e]ba,
Oto arit['e]:
War['e] m['e] ga kuchi wo
Aku saka-bashira.

[_When I inquired for the master of the house that was
for sale, there came to me only a strange sound by way of
reply,--the sound of the upside-down house-post opening its
eyes and mouth![54] (i.e. its cracks)._]

[Footnote 54: There is a pun in the fourth line which suggests more
than even a free translation can express. _War['e]_ means "I," or
"mine," or "one's own," etc., according to circumstances; and _war['e]
m['e]_ (written separately) might be rendered "its own eyes." But
_war['e]m['e]_ (one word) means a crack, rent, split, or fissure. The
reader should remember that the term _saka-bashira_ means not only
"upside-down post," but also the goblin or spectre of the upside-down
post.]

Omo[:i]kiya!
Sakasa-bashira no
Hashira-kak['e]
Kakinishit uta mo
Yamai ari to wa!

[_Who could have thought it!--even the poem inscribed upon
the pillar-tablet, attached to the pillar which was planted
upside-down, has taken the same (ghostly) sickness._[55]]

[Footnote 55: That is to say, "Even the poem on the tablet is
up-side-down,"--all wrong. _Hashira-kak['e]_ ("pillar-suspended
thing") is the name given to a thin tablet of fine wood, inscribed or
painted, which is hung to a post by way of ornament.]



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