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高橋留美子 週刊少年サンデー連載マンガ 「境界のRINNE」の考察・感想・情報・ネタバレ・無駄知識
境界のRINNE 第100話 高橋留美子
(配信第211回)(掲載期間:2011年06月07日~未定)
28号の『境界のRINNE』がひと足早く読める!!
霊が見えなくなった桜に悪霊が迫る!! 祝・連載100回カラー!!
http://club.shogakukan.co.jp/magazine/SH_CSNDY/konshuunos_001/detail/
身代わり人形とは、
呪い祟られている人の髪の毛や爪を仕込む事で、その人の代わりに強烈に悪霊を引き寄せる死神道具である。
・・・・・ 一方人形(ひとがた)というのは、形代(かたしろ)とも呼ばれるもので、紙などで人体を模したものを作り、これを川に流したり焼いたりして、その人にふりかかる災いの身代わりになってもらうというものです。
参照: りんね/考 第46話 知らせたくない [依代人形(よりしろにんぎょう)]
弥生の朔日(ついたち)に出たる巳(み)の日、「今日なむ、かく思すことある人は、禊(みそぎ)したまふべき」と、なまさかしき人の聞こゆれば、海つらもゆかしうて出でたまふ。
この国に通ひける陰陽師召して、祓(はらえ)せさせたまふ。舟にことごとしき人形(ひとがた)のせて流すを見たまふに、よそへられて、
知らざりし大海の原に流れきてひとかたにやはものは悲しき
とて、ゐたまへる御さま、さる晴に出でて、言ふよしなく見えたまふ。
とあります。スサノオの命に、千位(ちくら)の置戸(おきど)を負せ、また髭を切り、手足の爪も抜かしめて、追放した。
先師申して云う、人形(ひとがた)は、いわゆる、スサノオの命が起源で、手足の爪を抜き、その罪をあがなったことから、身代(みのしろ)の義となった。
という一節があります。天つ金木(かなぎ)を本(もと)切り末うち断ちて、千座(ちくら)の置座(おきくら)に置き足はして、・・・
サムソン
昔、子供のいない夫婦がいた。夫婦はいつも神様に、「サムソンのように大きくて力の強い子供を授けて下さい」とお祈りした。
その甲斐あってか、夫婦にはサムソンのようなとても大きくて強い男の子が授けられた。その子は洗礼を受け、サムソンと名づけられた。
サムソンは大人になると、一日に三頭のブタをたいらげた。両親は生活に困ってこう言った。
「さあ、今度はお前に大鍬をやるから、よそで働いておくれ」
そうしてサムソンのために三人がかりでも運ぶことのできないような、大鍬を作らせた。サムソンはその大鍬を軽々と肩にかついで歩き出した。
サムソンは他人の家を訪ねると、仕事のために雇われ、とてもよく働いた。しかし、一日でその家にある物をみな食べてしまったので、二日目はもう暇を出された。そしてもう誰もサムソンを雇う者はいなかった。
誰も自分を雇おうとしないのを知ると、サムソンは王様の宮殿へ行って、大鍬ですべての庭を掘り返して全ての物をぶち壊してしまった。王様は騎士たちにサムソンを退治するようにと命じた。
最良の武器を携えた騎士たちが野原に出て、サムソンを待ち伏せしたが、サムソンはやって来ると、馬の尻尾をつかみ、ポン、ポン、ポン、ポンと投げ飛ばし、全ての騎士を馬もろとも殺してしまった。
そこで、みんなは相談し、タール人形を作って捕えることにした。タール人形を宮殿の近くに立てておいたのだ。そこをサムソンが通りかかると、タール人形はサムソンに道を譲らなかった。
そこでサムソンは、「わしを通さないつもりか、殴ってやる。」と叫んで、右のこぶしで殴りつけた。すると右手はタール人形にくっついてしまった。
そこでサムソンは言った。「わしを通さないつもりか、殴ってやる。」
そして左手で殴りつけたので、左手もタール人形にくっついてしまつた。
「わしの手を放せ。放さないのなら足で蹴り上げてやる」
そして右足で蹴り上げた。するとその足がタール人形にくっついてしまった。サムソンはとても腹を立てて叫んだ。
「わしの両手と右足を放せ。お前を左足で蹴り上げてやるぞ」
サムソンは残った足で蹴り上げると、その足もくっついてしまった。そこで更に叫んだ。
「わしの両手両足を放せ。腹で殴りつけるぞ」
サムソンは腹で人形を殴りつけると、腹もくっついてしまった。すっかり人形にくっついてしまったので、サムソンは捕えられて、殺されてしまったということだ。
II. The Wonderful Tar-Baby Story
IV. How Mr. Rabbit was too sharp for Mr. Fox
Uncle Remus: His Songs and His Sayings (1886)
by Joel Chandler Harris
島根県の昔話 狐と兎のけんか
昔、ある山の中に、狐の家が一軒あった。家がもるようになったので、狐は屋根に上って板を打ちつけると、トンカチがおちたので、そこを通りかかった兎に「君々、トンカチを拾ってくれぬか」というと、兎はトンカチを拾うと屋根の上へあげた。
兎は狐の尾を一緒に打ちこんだので、狐は痛くてたまらんから「早く釘ぬきを持ってきてくれ」と言った。
兎は「まて、まて」と言って下りて、棚にあった狐のごちそうを皆食べてしまった。狐は大きな声で、助けを求めたので、その声をきいて、他の狐がやって来て、釘を抜いてやった。
そして兎の悪戯をきいて、「それでは仇を取ろう」と相談して、大きなザルを持って二匹で山中の松やにを取って、それで、人形をつくって、兎の通う道の真中においた。
狐がかくれて見ていると、兎が通りかかって、人形に挨拶をしたが返事がないので、腹を立てて、「こん畜生」とたたいたら、手に松やにが、ひっついてぬけんようになった。
「放せ放せ」と言って、一生けんめいに抜こうとしたが、取れんので、又一方の手でたたくと、両手がぬけない。足でやると足もぬけない。
隠れていた狐は飛んで出て、「君このあいだのばちだよ」と言って兎を抱えて「湯の中に投げこんでやる」と言うと、兎は喜んで、「自分は湯がすきだ。どうぞ入れてくれ」と頼んだ。
「そんなら池へ入れてやろうか」と言うと、兎は「どうぞ投げこんでくれ」と頼んだ。
「そんならイバラの中に投げこもうか」と言うと、兎は「それだけは許してくれ」と頼むので、狐は兎をイバラの中に投げこんだ。
すると兎は松やにからぬけて、逃げてい行った。
ある若者が持っている黄金のガチョウを見て、三人姉妹の長女が、その黄金の羽が欲しくて、ガチョウに手を触れるとガチョウにくっついてしまう。次女も三女も次々にくっついてしまう。次に牧師がくっつき、寺男がくっつき、農夫がくっつく。
それを見て、今まで一度も笑ったことのなかったお姫様が笑い。若者は、お姫様を笑わせたということでお姫様と結婚する。
踊る人たち
ある町の広場には井戸があって、その水を飲むと、金魚の糞のように、みなくっついてぐるぐる踊りまわらなければならなくなる。
大勢の見物人がやって来たが、見物人にもその水がふるまわれた。すると飲むが早いか、皆その最後尾にくっついて踊り始めた。
すると一人の賢い男がいて、「お前たちはなぜ、能天気に踊りまわっているのだ。」と罵って、この馬鹿げた踊りをやめさせようとした。しかしこの男も一杯飲むや、最後尾にくっついて、踊り始めた。先ほど罵ったことを自分がやっているのだ。
今でもこの通りだ。議会の議員たちを罵り、「私が議員になれば、同じことはしない」などと言うが、その人が議員になるやいなや、全く同じことを繰り返すのだ。